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快楽処刑の起源 [ブログ]

これらの刑罰は、昔ヨーロッパで流行していた「阿片窟」といわれる「喫煙所」の奥の「仕置き部屋」で行われていたリンチと同じで、ヨーロッパのマフィアのリンチ方法です。

マフィアは、売春婦やボスの情婦が裏切ったりした場合に、普通に殺すのはつまらないので、阿片窟の奥に連れてき、女性を閉じ込めて阿片を大量に吸わせ、そのまま地下牢につなげて最下層の売春婦にしてしまったといわれています。

そのような最下層の売春婦は、最後には、もちろん殺されてしまうのですが、その文化が植民地の支配者を通じて東南アジアに入ります。
そしてそのようなマイナスの文化が、いつの間にか東南アジアのマフィアの間で流行するようになったのです。

ヨーロッパの一部では、このマフィアの撮影したカメラの動画を見ることができるようですが、私は見ていません。

見た人の間では、有名な話になっています。


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■植民地時代の東南アジア

東南アジア各国は、建国後、時間がたっていない国がほとんどです。

制度や法律はできていても、民衆の生活に適合していない場合が多い。

なぜなら民衆は、法律どころか、識字率も低いのですから。

これは、われわれヨーロッパ人がよくないのですが、大航海時代以降、ドイツを含むヨーロッパの国々が、こぞってこの地域を植民地としていたのです。

ヨーロッパ人は植民地に対し、基本的に教育機関を設けず、奴隷制度で支配し、自分たちよりも高い能力を持つ人が出てくるのを防ぎました。

また、ヨーロッパ人が本当に欲していたのは人間ではなく、自分たちの役に立つ"物質"です。

たとえば、イギリスの東インド会社の場合は、紅茶は必要でも紅茶を作る畑も、紅茶を栽培する人も要らないということになります。

狩猟民族の文化があるヨーロッパでは、「相手を殺して自分の栄養にする」という考えが中心にあります。

それゆえ、日本のように「植民地に教育を施して、同等に近い生活をさせる」という発想はないのです。

現在、日本が支配した場所は、一部を除いて日本に良い感情を持っている土地が多いですね。

一方、ヨーロッパ、特に白人に対してはあまりいい感情を持っていないというのは、このようなことが原因ではないでしょうか。


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■負の遺産は、受け継がれる

さて、彼らが独立した後、彼らは独立した自分たちの政府を作ります。

しかし、残念ながらそこに教養や教育は少ないのです。

もちろん、まったく教育を受けていなかったとか、そのようなことを言うつもりはありません。

しかし、彼らの教育水準が、彼らが独立した当時、欧米や日本など先進国と比べて高かったかというと、そういうことはないのです。

そこで、彼らは「自分たちがされていた支配方法」を、自分の国民に行うようになります。

民主化などが行われるのは、独立後ずっと先のことです。

それまでは、彼らは、彼らがヨーロッパの人々に支配されたとおりに、軍と武力で支配を強めてゆくことになるのです。

さて、そのような悲しい歴史の原因はヨーロッパを真似たものです。

しかし、ヨーロッパ人は、自分たちの歴史も忘れ「前近代的」「野蛮」といって批判してしまうのです。

このことは、処刑や刑罰などに関しても同じです。

彼らは、中世の封建時代のヨーロッパをそのまま持ち込んでいます。

植民地に派遣されたヨーロッパ人たちは、好き放題残虐な刑罰を行っていましたが、それを彼らが受け継いでしまったということです。

ヨーロッパの植民地侵略が生んだ負の歴史は、まさに処刑という文化にまで根強く残り、そしていまだに彼らを苦しめているのです。

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